くろんど園地 カタクリの森 開花・生育状況等の調査・観察レポート(2019)

 【要約】

カタクリの個体群の維持・成長予見を目的として、カタクリの森全域の開花数と、特定の調査箇所における1年生実生と植付け以降に生まれた若い個体の生育状況とを、調べました。残念なことに、イノシシと推測される食害と台風21号による倒木の被害を受けました。これらによるカタクリへの被害についてもあわせて報告します。

・開花数は約500で昨年(約1300)の39%に減少、イノシシによる食害が主因と考えられ(図1)、この食害により800以上の個体が喪失した可能性があります。

・実生数は110以上と推定(昨年は150以上)、昨年、アリ散布と思われる、特定箇所に集中的に芽生えた実生が小さな葉の個体に順調に成長しています(写真5,6)。

・結実割合は、南西山側以外の調査箇所で40%前後と昨年の80%から減少。3月末の寒の戻りによる訪花昆虫の変化とかが気になりますが原因は不明です。翌年の実生数には好ましい状況ではありません。

あわせて、カタクリの生育に強い関係がある、送粉昆虫やアリの種子散布についても観察の気づきを書き留めます。

・送粉には、コハナバチの仲間と思われるハナバチに加え、ビロウドツリアブも寄与している可能性があります(写真3)。

・2017年に種を運んでいたアリは、テラニシシリアゲアリと判明。これに加えてクロヤマアリも散布に関係してると思われます。

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 【本文】

1.今年の調査のねらい

カタクリの個体群の維持・成長予見を目的として、開花・生育状況の調査に取り組み、昨年は1年生実生が150以上見つかりました。今年も昨年と同様に、カタクリの森全域の開花数と、特定の調査箇所における1年生実生と植付け以降に生まれた若い個体の生育状況とを、調べました。あわせて、カタクリの生育に強い関係がある、送粉昆虫やアリの種子散布についても観察の気づきを書き留めます。

 残念なことに、2018年の12月末から2019年の1月上旬の間に、イノシシと推測される食害を被りました。また、2018年9月4日の台風21号により南西側の複数の高木が倒木被害を受けました。これらによるカタクリへの被害についてもあわせて報告します。

2.調査結果と考察 

各調査の計数は写真と現地での目視によります。調査方法の詳細については、2018年の調査・観察レポートの付録pdfを参照ください。

(1)開花、及び、被害の状況について 

開花数は約500で昨年の39%に減少しました(図1)。開花期間は3/21~4/末頃で昨年より遅く開花し、3月末の寒の戻りのためか開花期間は少し長めでした。

 

図1.開花数と実生数、および、それらの場所毎の分布
図1.開花数と実生数、および、それらの場所毎の分布
写真1.イノシシの食害の影響比較
写真1.イノシシの食害の影響比較

開花数の減少は、12月末から1月上旬の間のイノシシによる食害が主因と考えられます。被害の報告があった後に見たところでは、八ッ橋側(区域C)とそれに続く道路側(区域B)の掘り起こしが激しく、その部分だけが被害を受けたと思っていました。しかし、開花数調査からほぼ全域で被害を受けていることがわかりました。山側(区域D)の一部を除き開花数が激減すると共に、葉が大きな無性個体の数も減少していました(写真1)。このことから、有性(開花)個体が無性個体に戻ったのではなく、開花する体力のあった有性個体800あまりが喪失した可能性があります。また、イノシシが鱗茎を掘りした際には、周辺の無性個体にも被害を与えるので、有性個体と無性個体を合わせると被害はもっと大きいかもしれません。イノシシが800個も掘り起こして食べるとは少々驚きですが、小さな棚田だったら数枚位は一晩で食べ尽くすらしいので、何日かかけて食べてしまったのでしょうか。区域A,B,Cでは昨年カタクリの開花が集中していた領域が見事に掘り起こされていましたし、食べ残しのような鱗茎も見当たりませんでした。

写真2.倒木の下で開花するカタクリ
写真2.倒木の下で開花するカタクリ

台風21号の倒木影響については、山側(区域D)の南側で根返りした倒木の一部が残っているため開花数が減少してしまいました。それでも倒木の下から花を咲かせる個体もありました(写真2)。カタクリの森全体としては、複数あった倒木を早期に処理して頂けたので、被害を最小限にとどめられたのではないかと思います。ただ、南側では、複数の高木の倒木により夏場の日影がなくなり、今後の生育への影響が懸念されます。

写真3.ビロウドツリアブの吸蜜
写真3.ビロウドツリアブの吸蜜

(2)送粉昆虫について

コハナバチの仲間と思われるハナバチが各調査日(1~2時間/日)に1~2度現れては、いくつかの花に訪れ吸蜜し、飛び去っていきました。また、ビロウドツリアブは数匹(目に見える範囲で)が繰り返し訪花していました。ビロウドツリアブはホバリングしながら吸蜜するので盗蜜かと思ってましたが、写真3を見るとおしべ・めしべに足をかけて吸蜜していて、足に花粉がついています。送粉の効率は悪そうですが、訪花頻度・回数がハナバチよりずっと大きいので、送粉に貢献をしている可能性がありそうです。

(3)結実状況について 

各調査箇所の結実割合については(表1)、イノシシの被害があった箇所A①、DC①は40%前後と、昨年の調査箇所での平均80%を大きく下回っていますが、D①は87%と高い数値を示しています。花の密度が疎らになったことが影響しているのかもしれません。また、今年は開花し始めた後の3月末に寒の戻りが1週間ほどあって、開花が早い道路側A①と開花の遅い山側D①で開花時期のずれが大きくなっていましたので、訪花昆虫の出現時期との影響もあるのかもしれません。原因はよくわかりませんが、翌年の実生数に影響があるので好ましい状況ではありません。

表1.各調査箇所毎の個体の分類と結実の状況
表1.各調査箇所毎の個体の分類と結実の状況

(4)実生、および、若い個体の生育状況について 

昨年設定したコドラート調査の箇所(2区域x2か所の合計4か所)が全て、イノシシや倒木の被害を受けたことから、被害が少なかった箇所(D①)についてのみ、昨年との比較で生育状況を考察します。なお、今後の経年調査における被害影響の分散のために、調査区域を増やし、箇所毎の数を減らしています(3区域x1か所の合計3か所)。

各調査箇所毎の個体の分類(葉の大きさと有性/無性に基づく)と結実の状況を表1と下記の写真4に示します。イノシシの被害があった箇所A①、DC①では開花数を上回る数の実生が生育し、葉の小さな個体も実生数の20~30%程度生育しています。調査箇所の実生は合計96で、調査箇所以外でいくつか観察されていて、全体では110以上生育していると推定します(昨年は150以上と推定)。

写真5.今年の小さな葉の個体と昨年の実生の分布
写真5.今年の小さな葉の個体と昨年の実生の分布

被害が少なかった箇所D①で昨年と比較してみると(表1)

・開花数は昨年より増えています。(15→23)

・有性個体と葉の大きな無性個体の合計は昨年と一致しており、植栽時の個体が栄養状態により有性と無性を行き来しているようです。

(無性:有性 26:15→18:23)

・小さな葉の個体が数を増やしています。(6→15) 写真5は今年の写真上に、小さな葉の個体の場所(緑色の〇印)と、昨年の実生の場所(黄色の☆印)を重ねたもので、昨年、D①の左下で、昨年集中的に芽生えた実生が同じ場所で同数の小さな葉の個体として、順調に成長していることが確認できます。

写真6.コドラート調査箇所以外での昨年の実生の成長状況
写真6.コドラート調査箇所以外での昨年の実生の成長状況

コドラート調査の箇所以外にも、昨年、実生が集中的に発生した場所を数か所記録しておいたので、今年様子を調べてみると、ほぼ全数が小さな葉の個体に成長していました。(写真6)

写真7.今年の実生と昨年の開花個体の分布
写真7.今年の実生と昨年の開花個体の分布

(5)種子散布について

写真7は、箇所D①で今年の写真上に、実生の場所(赤色の〇印)と、昨年の開花個体の場所(紫色の☆印)を重ねたもので、両者は必ずしも近接しておらず、アリ(*)による散布の可能性が高そうです。このように花のある位置から離れた場所で生育することで、イノシシからの鱗茎目当ての食害を防ぐ効用もあるかもしれません。

写真8.カタクリの実に群がって種を運び出すアリ(2017年)
写真8.カタクリの実に群がって種を運び出すアリ(2017年)

(*)2017年にカタクリの実に群がって種を運び出していたアリは(写真8)、専門家に教えて頂いたところテラニシシリアゲアリとのことでした。この他、同年に、エライオソームのついた種を地面に置いたところ、クロヤマアリも種を運び出したので、この2種は散布に関係していると思われます。

写真9.カタクリで吸蜜するギフチョウ(大和葛城山)
写真9.カタクリで吸蜜するギフチョウ(大和葛城山)

4.今年の調査を終えて

カタクリの調査を始めてみると、他の場所のカタクリも気になるもので、今春は大和葛城山でカタクリとギフチョウを見てきました(写真9)。ここでは、御所市がギフチョウを市の文化財に指定して条例を定め、保護のために監視員の方が頻繁に巡回されていました。少し話を聞いたところ、ギフチョウの成虫はもちろん卵や食草のミヤコアオイの採取に目を光らせていて、放蝶に対しても固有の遺伝子が保全できなくなるので監視・注意しているとのことで、在来種の保全はここまでしないといけないのかと、その大変さを認識しました。

今年、カタクリの調査をすすめていくにつれ、イノシシや台風でカタクリが受けた被害の大きさが明らかになり、自然災害とは言え、個体の喪失は大変残念です。来年以降は、減少後の個体数をベースに調査を進めていくことになると思います。一方で、昨年の実生が順調に成長している箇所を確認できたことは幸いでした。ここのカタクリは在来種ではないので、先のギフチョウのような保全とは取り組みが異なると思いますが、個体群の維持・成長の見守りのための調査から、カタクリの森の保全に向けて少し踏み出せたらいいなという気持ちになっています。(2019/5/10 M.M)

 

補足:調査・観察日

・観察日 3/18,21,27 4/3,5,8 5/8

・開花数調査 2019/4/05

・実生数調査 2019/4/08(調査箇所),2019/4/05(全体概観)

・成長状況調査2019/4/08(調査箇所),2019/4/05(全体概観)

・結実数調査 2019/5/08(調査箇所)

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