No.162 山笑う
今年もサクラの季節が巡ってきました。次の写真は2026年3月末にくろんど園地で見かけた春の野草たちです。
「春は山笑う」という言葉がありますが、山笑うと言うのは、春になって草木が芽吹き、木々の新緑が明るく生き生きとして見える山の情景を擬人化して、山が笑っているように見えることを指しています。
下の写真は金剛山ちはや園地の写真です。金剛山は標高1000mを越えているので、平地より一か月ほど芽吹きが遅いと思いますが、ブナ、ミズナラ、コブシ、タムシバ、クマシデなどの木々が一斉に芽吹き、柔らかな淡いみどりの色の葉が萌えだして、「さぁ春が来たぞ」と言わんばかりに華やいで見えます。この景色を見れば、誰もが春の山が喜んで笑っていると言う感じがするのではないでしょうか。
山笑うという言い方は、元々中国北宋の山水画家の郭煕(かくき:1023~1085年)が記した山水訓(山水画の画論を書いたもの)の中にある言葉ですが、郭煕は山水画における山の描写について、山と水の関係性や霧や雲などの変化の重要性を説いています。そして山を人体の部位に例え、山を生きものとしてとらえて自然を見る視点を書いています。四季の山の様子を擬人化した次の一節はよく知られてます。
春山淡冶にして笑うが如し(山笑う): 春の山が芽吹き、明るく華やかな様子
夏山蒼翠にして滴るが如し(山滴る): 夏の山が青々と茂り、瑞々しい様子
秋山明浄にして粧うが如し(山粧う): 秋の山が紅葉し美しく装っている様子
冬山惨淡として眠るが如し(山眠る): 冬の山が枯れ静かで、眠っている様子
上記の表現は、日本の俳句にも春の季語「山笑う」をはじめとして季語の語源になっていますが、私たち日本人が共感できる四季の山の表現だと思います。山水訓が自然をどのような見方をしているのか? AIで調べて見ると次のような答えが返ってきました。
1.自然は人間の心を映す精神の場
・自然を見ることは心を整える / 山水は心を潤し俗塵を洗う
2.自然は四季・天候・時間によって絶えず変化する
・自然は固定されたものではなく流動している
3.自然は人間が支配するものではなく敬うべき存在
・自然は師であり学びの対象
4.自然と調和することが人間の道である
一言で言うと、自然を単にモノとして見ないで、あるがままに心で見る。そして人が自然と共にあり、人は自然の一部だということを知ることが大切と言っているようです。これは日本人の自然観と同じだと思いますが、この様な見方で自然を見ると、「山笑う」と言うのがよく分かるように思います。
※日本の自然観:
1.禅、茶道、庭園、俳句など自然を通して心を整える文化
2.四季の変化を美としてとらえる
俳句の季語、枯山水の季節感、徒然草、枕草子の四季の描写、
日本庭園の季節の移ろいを楽しむなど
3.自然は人が及ばない大きな畏怖と尊敬の存在(自然の中に神様)
4.自然と調和する生き方
自然災害の多い風土/人も自然の一部と考える
(2026/4/7 T.T )